12年後の異変と抜け落ちた記憶:KEIKOが語るくも膜下出血からの闘い

 2011年にくも膜下出血で倒れてから約12年。長らく音楽活動から遠ざかっていたが、昨年12月に十数年ぶりとなる新曲『WHITEOUT』を発表し、今年1月には大分でラジオ番組のレギュラーが始まった。

目次

くも膜下出血で長期間の音楽活動休止

Yahoo引用


『こんなに遠くまで話を聞きに来てくれてありがとうございます。インタビューなんて15年ぶりくらいだから、ちょっと緊張しますね。レコーディングは東京のスタジオで、ひとりで歌入れをしました。昔からglobeは基本的に別録りで、今回も後でマーク(パンサー)から『ラップ入れたよ』とLINEで報告があったんです。と語った。(Yahoo)


 久しぶりにスタジオに行って、いろんな思いがよみがえりましたね。でも、歌うときは詞の世界に入り込んで集中するから……なんて、カッコつけたこと言っちゃいますけど。

大勢のスタッフに囲まれる現場の空気を懐かしく思いながら『いま私、歌ってる!』って、胸が熱くなりました」(KEIKO・以下同)


 明るい口調で近況を話すKEIKOの言葉によどみはなく、大病を患っていたことは微塵も感じさせない。
 KEIKOが小室哲哉氏(64才)、マーク・パンサー(53才)と共にglobeとしてデビューしたのは1995年。伸びやかな歌声でミリオンヒットを連発し、平成の歌姫の座を揺るぎないものにした。

あの日の出来事

異変が起きたのは2011年10月の夕方だった。自宅で体調不良を訴え、救急車で搬送されたKEIKOはくも膜下出血と診断され、5時間以上に及ぶ手術を受けた。


「昔から頭痛持ちで、鎮痛剤をのんで寝て治すの繰り返しだったんですけど、そのときは翌日になっても痛みが治まらなかったんです。彼(小室氏)に『おかしいんじゃない? 救急車呼ぼうか』と言われて『大袈裟だよ』と言ったところまでは覚えているんですが、そこから記憶がなくて……気がついたときには病院のベッドにいました。


 当時のニュースでは「緊急手術で一命を取り留めた」と報道されただけで、詳しい病状や経過については明らかにされなかった。昏睡状態に陥ったKEIKOはEICU(救急集中治療室)に運び込まれ、目を覚ましたときには1週間以上が過ぎていたという。

最悪の事態も覚悟


「病院でお医者様から、歩いて帰れる確率は3分の1だと聞かされた家族は、最悪の事態も覚悟していたようです。ただ、私は自分では状況を理解することができず、自分の身に何が起きているのかもわからなかった。いま、こんなふうに普通に話ができていることが信じられないくらいです」と彼女は語る。

『WHITEOUT』

 2011年にくも膜下出血で倒れてから約12年。長らく音楽活動から遠ざかっていたが、昨年12月に十数年ぶりとなる新曲『WHITEOUT』を発表し、今年1月には大分でラジオ番組のレギュラーが始まった。

グローブ『KEIKO』プロフィール

歌手 グローブのKEIKOのプロフィール
出典 : anohito-genzai.com

KEIKOさんは、日本の歌手であり、エイベックス・マネジメントに所属しています。

1972年8月18日に大分県臼杵市で生まれました。血液型はA型です。KEIKOさんの夫は音楽プロデューサーの小室哲哉さんです。彼女は、globeのヴォーカリストとして活躍し、『K-C-O』名義でソロ活動もしています。KEIKOさんは、小室哲哉さんに見出されて歌手になりました。彼女の出身校の偏差値は不明ですが、学生時代はどのような生活を過ごしたのか気になりますね。KEIKOさんは、作詞家としても活躍しており、ファンからも多大な支持を受けています。その後2021年2月26日に離婚が成立した。


hyozll引用

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